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日常生活でのできごとや思ったこと。
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私は基本的に月曜日と水曜日が仕事がお休みの日です。
なので、通常だと連続出勤するのは、木曜日〜日曜日の4日間となります。 けれども、ちょうど今回のように世間が土・日・月と3連休となったりすようないわゆるhappy mondayという時、月曜日は出勤となり(代休になる)、連続出勤も5日間になります。 このようにたった1日とはいえ、連続出勤日数が増え通常の周期が変動する時、小物な私はものすごい構えてしまいます。予定をあまり入れないようにしたりするんです(鈍太郎は別格なんだけどね)。 ところが、今回、驚くべきことに木・金・土と珍しく3夜連続で約束(鈍太郎以外)があり、それを果たしました。 しかも、どの日も午前様な帰宅時間だったにも関わらず、翌日に仕事を休んだり、あるいは時間休を取得したりもせず。 一般的にそうたいしたことではないのかもしれませんが、私にとっては偉業に近いものがあります。 誰も誉めちゃくれないですが。 明日出勤すれば、世の中の人々と交代で火曜日から3連休に入ります。 士気低下してますが、乗り越えられたらなと思います。 今日は、日課となっている鈍太郎へのモーニングコールを寝過ごして、かけられず。
私は休日…モーニングコールを入れた後、いつもよりずっと寝ていられるというのに。 目を覚ましたのが8時少し前、鈍太郎はもうとっくに仕事に出てしまったなぁとそのまま二度寝。 昼過ぎにお仕事がんばってねとメールを入れてみるも返信なし。 夕方になり、体調不良で今日は仕事を休んだというメールが届きました。 あらま! でも、このメールをもらった時、私は夕食作りをしていたので、電話をかけず数回のメールのやりとりで終了。 夕食後、落ち着いてから電話をかけてみたけれど、鈍太郎出ず。 その後、一度かかってきていた鈍太郎からの着信に私は気がつかず、1時間後くらいにかけてみたけれど、今度は鈍太郎が出ず。 もどかしい。 一度も鈍太郎の声を聞かずに一日が終わります。 こんな日があるなんて! ほんのちょっとだとしても、毎日必ず声を聞いているのに。 今朝、モーニングコールをできなかった自分が悔やまれます。 たった一日声を聞かないだけで、鈍太郎という存在は幻だったのではないか!とすら思えてきます。 明日になって、そう思ったことを伝えたら、きっと鈍太郎は「あやちんはいつも大袈裟なんだよ」と笑うのでしょう。そして、そう言う彼の声を聞いて、私は幻じゃなかったと安堵するんです。 4月以降に読んだ絵本が100冊を越えました。
仕事の都合から読んでいますが、まだまだねー。 絵本なのでボリュームはいずれにしてもたかがしれているのですが、ぷふぁーってなるのね。 しかも、絵本ばっかりじゃなくて子供向けの読み物もたっくさんあるんだけど、自分の読み物最優先。 そのくせに、自分の読み物は100冊まで今のところ届かず。 ぷふぁーですわ。 ★『これでよろしくて?』/川上弘美
ブクログで5つ★つけちゃいました。 人物設定もそこから紡がれる展開も申し分なく楽しめました。 「これでよろしくて?同好会」、参加してみたいです。 つかみどころがなさそうな議題を呈し、あえてそのことを喧々諤々することから広がる視野はきっとあると思う。 「これでよろしくて?同好会」みたいに年齢や立場、またそれぞれの人たちとの間にある関係性や距離感が異なるメンバーを構成することは理想だけれど、得がたいもの。 でもね、ここで描かれる同好会をなぞるようにとまではいかないまでも、「パンツを履くタイミング」について議題を呈せば、おそらくお喋りに花を咲かせられそうな友人は浮かびます。しかも、食欲旺盛な面々でね。 ふふふ。(私の勝手な思い込み?どう?気になりません?) いつか議論しましょうよ。 「夫の実家でのお風呂の順番」なんかもね。 あー、でも、まずこの小説を読んでもらって、この小説を議題にしたいかも。 よろしくて? 知見 “なにごとも、小出しにしなければならない。”p.6 “客観的に自分を見つめることは、つらい。”p.19 “得られないことよりも、失うことの方が、つらい”22 ★『静かにしなさい、でないと』/朝倉かすみ
でないと、何なのか? 気になりますよね。上手なタイトルです。 この秀逸な一言を含んだ「静かにしなさい」という表題作を含め、7編からなる短編集です。 美醜だったりロハスだったり何かしらの因果に固執し、痛いほどの自意識過剰振りを見せる人たちを描いています。認めたくない、受け入れられない現実というものから不自然に目を背け、己の見たいように見た仮想的世界を信じ込む気の毒な人たち。 程度の差こそあれ、自分の都合の良いように物事を見て解釈することで折り合いをつけること、あるいは身の丈に見合わぬものを見合っているかのように振舞うということはあることでしょう。 問題は、やはりその程度にあるのでしょう。 気の毒な人になりたくないという発想から生まれた自己保身への行為が過剰になり、却って気の毒な人となるのはやはり避けたいものです。 といって自らを最初から小さく見積もり、過小評価してしまうと向上というものからは隔絶されてしまいます。 よって、現実と自己評価と照らしよく分析し、自意識レベルをうまく調節、配分する必要がありそうです。 って、めんどくせーな。 はい、おわり。 ★『「か弱き、純真な子ども」という神話』(中公新書ラクレ 254)/和田秀樹
平成18年の統計によると、20歳未満の自殺は623人、40代は5008人、50代は7246人なんだそうです。 「か弱き子ども」論とは一般的なことでなく、例外的なことであるということをいうのがこの本の趣旨の一つであるということです。 マスメディアに対するメディアリテラシーについての必要性が度々書かれています。 確かに、稀有なことをさも大多数がそうであるようにあげつらうマスメディアというものには私も違和感を感じることが多々ありますし、気を緩めると自分も扇動されています。 さて、一番興味を持って読んでいたのは、いじめについてです。 程度の問題によるけれど、いじめはメンタルタフネスの源になるそうです。 よいストレスはパフォーマンスをあげるのだとか。 いじめたるものは大人になって社会に出てからもある。 だから、その耐性を子どもの頃に育むことも重要であると。 スケープゴーディングって確かに大人になってからの方が目にするように思います。 私は中学時代の一時、ほぼクラス全員に仲間外れにされた経験があります。 あの経験は確かに私に何かしら耐性を与えているのかもしれません。 でも、耐性よりも何よりも私はあの経験から掴み取った財産があります。 それは、本を読むようになったということ。これは、生涯においての財産。 その後、高校に進学してもしっくりと馴染むことができなかったけれど、本を読む楽しみや学校とは別のところに馴染むことができる場所を見出せたし、何よりも大学に入って親友と呼べる存在ができたわね。 「より安全な子育て」についてもいろいろ提示されています。 中でも印象的だったのは、親はぶれてはならないということ。子育てをしたことがないから想像することしかできないですが、子どものこととなるとより一喜一憂し、過剰になり、考えや理念などあっという間にぶれてしまいそうな気がします。 そして、統計学的に見たら、勉強をさせて、名門校に入れるというのも安全な子育てになるということ。(さすがはそれ系の本を出している著者だけのことはありますね) 鈍太郎の着用済みロングTシャツ、ゲッチュー!
昨日鈍太郎がくれたお土産が一部重たくて自転車の私には持ち帰れなかったので、それを今日になって歯医者帰りの彼が車で届けにくれたのですが、その際、着ていたロングTシャツをね、脱いでいただいてね。 1分ほどの逢瀬でした。 半袖で帰ってゆく鈍太郎。 ま、車だしね。 部屋に戻り、いそいそと着てみました。 犬の嗅覚さながらにくんくんとしたところ…ややや!こここれは! 歯医者の匂いがするじゃないですか。 歯医者とかすかに鈍太郎の匂いがブレンドされています。 3回連続でこのネタ。 オカシイ人みたいになってきました。 でもさ、世の中のアベックなんてそんなものよねー。 ここ数日間、鈍太郎の着ていた服を拝借して寝ていたのですが、これがなんということでしょう!よく眠れたのです。
とはいえ、ずっと洗わずに着ていられはしまいし、肝心の匂いも薄れゆくことから、泣く泣く今日になってお洗濯しました。 とはいえ、そんな催眠効果のある鈍太郎の服に味を占めた私。 今夜は鈍太郎が旅行の荷物を減らすためにと置いていったものの中からTシャツを拝借。 ところが、これには難点が…。 まず、鈍太郎が着ていたものじゃない(洗濯済)ということ。 次に、半袖であること。 長袖だと袖の部分を鼻先に押し付けくんくんしながら寝ることができますが、半袖ではそれができない。しかも、そもそもこの時期ともなれば寒いです。 悔し紛れに、えりぐり部をグイッと顔のところまで引っ張りあげ、顎から上を無理に埋めてみるものの、首が疲れます。 しかも、Tシャツのえりぐりが伸びてしまいそうです。 鈍太郎の脱ぎ散らかした服とか落ちてないかなーと狭い部屋を眺め回すも、やはり落ちていないのでした。あーあ。 |
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