京都滞在4日目。
すっかり朝寝坊で昼頃に起きだす。
夕方から彼と嵐山に行く約束をしていたのでそれまで一人で出かけることにする。
彼は自宅で勉強。
で、この日の私の目的地は『南禅寺』。
ということで懲りずに自転車で出かける。
『南禅寺』へ行くには丸太町通りをひたすら東の方へ行けば到着できるのだけれど、コーヒーが飲みたくなったので途中で河原町通りに入り適当なカフェを探す。少し走ったところで気になる感じのカフェを見つけ、躊躇いながらも入る。
中はスタイリッシュな雰囲気が漂い、居心地の良いカフェだった。
そこで本を読みながらコーヒーを飲み、ちょっと腹ごなし。
のんびりしたいところだけれど時間も時間だったので『南禅寺』へ向かう。思っていたよりもだいぶ東へ向かう。ちょっときつくなってきた頃にようやく到着。
到着してすぐにカフェに寄り道したことをちょっぴり後悔する。
想像していた以上に大きなお寺で、入り口にあった案内図を見ただけでゆっくりと見れないことがわかったから。
とはいえ、気を取り直して拝観へ。
まずは、「三門」をくぐる。豪壮な作りに圧倒される。
この「三門」は、くぐるのみならず楼上に上ることができるようで上には人が…。
私もそこに行きたいと思いつつも、とにかく先に奥へと進むことにする。
「疎水」を軽く流し見て、『南禅寺』発祥の地である『南禅院』へ。
『南禅院』は、ハッとさせられる程に庭園が美しかった。
どういうバランス感覚をもったらこういう庭園が作れるのか…と考えてしまうほど、無駄がなく美しい。
お気に入りの『高桐院』の庭園に匹敵するくらい素晴らしかった。
ゆっくりとしたいところだったけれど観光客もわりといたのでぐるりと庭園を歩き退散。
お次は本坊の「方丈」へ。
またしても拝観終了時刻が迫っていたこともあり「虎の子渡しの庭」という庭園を前にして腰を下ろすこともなく、次から次へ狩野派の障 壁画などを鑑賞。あっという間にタイムアップ。
名残惜しい、と感じつつトボトボと「三門」の方へ下る。
「三門」の楼上へ上がることも結局叶わず。
この楼上からの眺めはどんなんだろうと…後ろ髪を引かれながら下をくぐる私。
東山の山麓という風光明媚な土地に厳かに佇む『南禅寺』はまさに「名刹」。
とにもかくにも、絶対にまた来ようと固く決意し帰宅。
その後、南禅寺熱に侵されたまま息つく間もなく彼とバスに乗って、嵐山へ。
嵐山へ行った目的は「繕晨(ぜんしん)」というイベント?を見物するため。
到着した頃にはすっかり日が暮れていてバスを降りたら辺りは真っ暗。
けれども、思っていたよりも見物客で賑わっていた。
「繕晨(ぜんしん)」とは…うーむ。説明が難しいので写真をご覧アレ。
桂川に配置されたボンボリのようなもの?(だいぶ違う気がするけど…)を「渡月橋」の上から見物する。
真っ暗な川面にぼんやりとしたろうそくの灯…綺麗だった。
嵐山まで足を伸ばして良かったなぁと思える光景だった。
ちなみに、以前読んだ京都に関する本で十三参りという風習が紹介されていて、「渡月橋」の存在を私は知った。
京都では十三歳の時に「法輪寺」というお寺にお参りをして、その帰りに渡月橋を振り向かずに渡るという風習があるようで、振り向くと「法輪寺」でお参りして授かった知恵を返してしまうことになると言われているらしい。
で、阿呆な私達は実践してみた。
十三歳なんてとっくのとうに通過してしまっているのに…。
携帯から発せられるわずかな明かりで足元を照らしつつ、人っ子一人いない真っ暗闇の「法輪寺」をビクビクとお参り。
そして、「渡月橋」を振り向かずに渡った。怖いだけだった。
嵐山で夕食を取るつもりだったのだけれど、なんと19:30頃にはほとんどのお店が閉まっていたのでバスで四条烏丸まで行き、さらに烏丸御池の辺りまで歩いた上、「真朱(まそほ)」という一夜干しと銀シャリを売りとしているお店に入る。
面倒だからとコース料理をオーダーし、食べて飲んで歩いて帰る。
京都滞在最後の夜。
