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日常生活でのできごとや思ったこと。
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★『赤い糸のロマンス』/青山えりか
講談社X文庫Teen'sheartです。 ティーンズノベルね。しかも、かなり昔の。 主人公の名はマリア。 好きになってはいけない人を好きになってしまうというティーンズノベルで好まれそうなストーリー。 王道なんですかねぇ。 そして、禁断の恋のお相手男子の名は湊。 湊君なんて、ノーブレス・オブリージュですよ! 貴族!びっくりです。 挿絵もザ・少女でいかしてます。 笑いが止まりません。 “はらわたがボイル” “心臓宙返り” などキラリと光る表現に出会えました。 ★『冠・婚・葬・祭』/中島京子
タイトル通り、冠・婚・葬・祭が描かれた4つの短編が収められてます。 「空に、ディアボロを高く」 成人式をテーマ、冠。 地方新聞社に勤務していた菅生裕也という男が書いた記事が二十歳の大道芸人の女の子へと繋がっていくお話。 「この方と、この方」 結婚をテーマ、婚。 菊池マサ枝という過去には「お見合いおばさん」という名をとった女性の元に持ち込まれた二枚の写真、そこから話が展開。 “見合いに夢を求めてはだめ。見合いに求めるのは結婚だけ”p83 “「無意識、かもしれませんが、あれは悪意です。『わたしたちはもうヒロインになったのに、あなたはまだね』と、優越感を剥き出しにしたプレッシャーです。いまは、結婚適齢期がほとんどなくなっているので、この悪意とプレッシャーはエンドレスです。わたしが結婚式を挙げるまで続くと思うと耐えられない。それが、見合いを決意した理由でした」”p.102 「葬式ドライブ」 お葬式をテーマに、葬。 佐々木直之という男が上司からの奇妙な命令によって宇都宮ゆかりさんという老女を葬式に連れて行く。 明らかになっていく故人と老女の関係…切なさが籠められたお話でした。 「最後のお盆」 お盆をテーマに、祭。 それぞれ家庭を持った三姉妹が亡くなった母親が最期に過ごした家で伝統的なお盆をしようというお話。 お盆に仏様を迎えるのにもそれぞれにいろいろなしきたりやいわれなんかがあるもんだ。 冠婚葬祭。 大人な響きだと思っていたのはいつのことやら。 ★『絶対、最強の恋のうた』/中村航
約1年振りに読み返す。やっぱり好きな小説。 “射抜かれたことに気付かないやつが、射抜かれることなど永遠にない”p.21 “僕は彼女に何か言おうと思った。何か大切で、きらきらした言葉を。正直で、丁寧で、一歩先に踏み込むような言葉を”p.23 “「考えてみれば礼儀ってのは凄くいいな。世界三大美徳のひとつには入るだろうな」”p.64 “―愛情をただただ育みたいと願うこと”p.101 “優しい男子がいい、と思った。優しいといってもへなちょこなのは困る。私がどう頑張っても開けられない蓋を、簡単にあけてくれるくらいには力があって、だけどマッチョなのはイヤだ。 あまりがっついた感じや、ギラついた感じの男子も避けたい。血管年齢が五十八歳とかそういうのはイヤすぎる。やっぱり健康が基本なので、全体的にぴちぴちした男子がいい。頭脳はすっきりと冴え、煩悩はあまり多くないほうがいい。私が陥る複雑な難問に、一撃で答を出すようなことがあってほしい、全体的に紳士な感じがいい。サムライよりも紳士がいい。忍者でもいい。”p.134-135 “私たちは次第に手の力を緩め、指だけを繋いだ。頼りないけど確かな、宇宙で一番素敵な繋がり方だと思った”p.147 “私たちは何か答のようなものが欲しくて相談をするんじゃない。だけど、いつだって私たちは大丈夫だ、って思えることは全てに勝る最高の答だ”p.153 “住む部屋を一つにするのが同棲や結婚だとしたら、と、私は考えた。そういうことの一番の始まりは、一つの傘に二人で入ることかもしれないな。”p.157 “タフで大らかで頼もしい男子、という概念は、私を安心させ安定させてくれた。そういうものを愛し、また愛されていると実感することは、調和よりも一段高いレベルの心強さがあった。 その心強さは、私にとって画期的なものだった。p.171 “苦悩を突き抜けて、歓喜に至れ”p.179 “恋を突き抜けて、愛に至れ”p.180 “―どっちが先でもいい。例えば大野君が嬉しかったり幸せだと感じたりすれば、それは私にとって何よりの幸せになる。私が幸せを感じるということは、それはまた大野君にとって何よりの幸せになる。そのことはまた、私の幸せの源になる。そのことはまた、大野君の幸せになる。そのことはまた、私の幸せになる―。”p.184 “「思ったんだけどさ、これって最強のスパイラルじゃないかな?」”p.185 “届かない反復にこそ、確かさは宿る。”p.188 “だけど、絶対にって祈りたくなる気持ちは、確かに今ここにある。絶対だって信じる気持ちも確かにある。 だから恋人たちは歌えばいい。絶対に最強な恋のうたを。”p.192 “私たちはあのころほど無敵じゃない。あのころほど無敵じゃないけど、いつだって私たちは大丈夫だ。男子はいつだってバカで、女子はいつだって欲が深い。男子は溢れるほどの煩悩を抱え、女子は悲しいほど甘い物が好きだ。私たちはいつだって真剣勝負だ。いつだって熱烈大車輪だ”p.195 “鍋は最強の調理法だよ”p.196 “「いや、努力も違うと思うな。報われるようなものは、違うと思うんだよ」”p.200 “―世界三大美徳の一つ、仲良し”p.201 “―刹那を生きろ。”p.209 “―気まぐれとマグレ以外、この世に何があるんだよ。”p.214 “示唆するのもされるのも、本当はきっと無意識の意志なんだと思う。偶然は必然で、必然は偶然なんだと思う。”p.216 “これから僕らに何が待っているかはわからない。環境が変わればポリシーだって変わる。だけど、マリンスポーツだけは許してはならない。”p.219 休日だからといい気になって夕方近くまで寝て過ごした結果、この時間になっても睡魔がうまくやってこず。
だと思ったよ。まったくねぇ。 そして、この時間帯特有の思考がフル回転し始める。 ぐるぐるぐるぐると。 考え始めたところで答えが出るようなことでないことはわかっているのに、止まらない。 で、やっぱり答えなんかポーンと閃いたりしない。 寝なくちゃという焦りとどうにもならない思考のスパイラル。 どこへ向かう。 なにへ向かう。 「大切なのは意志と勇気」 ★『夜明けの縁をさ迷う人々』/小川洋子 9つの短編。
どのお話もちょっと怖くて、のめりこめず。 読破するのは無理かと思いました。 「曲芸と野球」 打席に立つ僕の左目に逆立ちをした曲芸師の姿。曲芸師は僕の父親の整形外科医院でたった一人、同情してもらえない患者。 「教授宅の留守番」 火事で住むところを失った女が教授宅の留守番を。大量のスパゲッティー、大量の祝福の花、大きなケーキ、冷凍ブリの解体。 恐い、怖い、この作品が一番恐かった。夢に出てきそうだから。 「イービーのかなわぬ望み」 これは切ないお話。 福寿楼という中華料理屋のエレベーターで生まれたEB。 EBの生きる場所はエレベーターの中だけ。 「お探しの物件」 瓢箪屋敷、チェス館、丸い家、リリアン邸、マトリョーシカハウス。 ここの不動産屋さんのお仕事は、物件が求める住人を探すこと。 「涙売り」 演奏家に涙を売って暮らしていた私は一人の男と出会い彼の関節カスタネットのためだけに涙を流す。 「パラソルチョコレート」 これはいわゆる幽霊みたいなおじいちゃんがでてくるけれど、怖くない。 私の裏側にもおじいちゃんみたいな人がいたりするのかな。 「ラ・ヴェール嬢」 官能的な雰囲気が流れるけれど、孤独な老婆の物悲しい話でもある。 「銀山の狩猟小屋」 曰く付きの物件を紹介された小説家が見にでかけた小屋、サンバカツギ。 サンバカズキの姿を、声を想像し、ものすごく恐くなる。 「再試合」 彼女の目の先にはレフトの彼。終りのない試合を、レフトの彼を見続ける少女。 “もし彼が世界の縁からこぼれ落ちそうになったら、私が受け止めてあげよう” どのお話も不可思議で温度を持たないような静けさに包まれているのに、これらのお話を読んで想像していた画が、ひょんな拍子に脳裏に息を吹き返してきそう。 それを私は恐れるのだと思う。 ★『あした』
大林宣彦監督の作品です。 無料配信で公開されていたのを深夜に観始めちゃいました。 原作が赤川次郎の『午前0時の忘れもの』だそうです。 死んでしまった人に遺族が再会するというのが主だった展開。 生と死というものを意識したセリフが多かったように思います。 1995年に公開された映画だけあって出演者に懐かしい人が。 高橋かおりは、久しぶり。 彼女は全裸のシーンがありました。 そして、懐かしいわけではないけれど、宝生舞! すっごいかわいいの。 お肌はまるで陶器のようだし、お人形さんみたい。 どういうDNAがこんなに整った顔を形成できるのでしょうか。 ファンタジーではないけれど、ありえないことが起きるので白けてしまうかなと思っていたけれど、宝生舞が真冬の海に飛び込んでゆくシーンで不覚にも少し泣いてしまいました。 ★『北の国から'83 冬』
そして…特別編(スペシャル)へと突入。 正吉君が脱走。 みどりちゃん(正吉の母)の借金、連帯保証人の五郎さん。 そしてそして、松吉さんという新登場の爺さんが。 爺さんの孫娘妙子役は風吹ジュン。 風吹ジュン、かわいいなぁ。 あー、特別編も楽しみになってきた。 故郷は遠きにありて想うもの…。 にゃー。 ★『北の国から』第二十一話〜第二十四話
ついにドラマシリーズ最終話である第二十四話まで観てしまいました。 最終話で感涙。 むむぅ。 死んじゃうんだねー、母さん(石田あゆみ)。 五郎さんが葬儀ぎりぎりに東京へ来た理由。 男のプライドか!?って思ってたんだけど、違ったねぇ。 そういうことだったのかと思ったら胸詰まるものがあった。 とはいえ、頭のどこか冷静な部分では、こんないざという時のためのお金がないような甲斐性はいかがぞなもし、とか思うところあり。 これでドラマシリーズも終わり。 次は、特別編です! まだまだ、私はいつでも富良野の街に、麓郷に、トリップできます。 うっふん。 ★『予定日はジミー・ペイジ』/角田光代
私はたぶんあんまり子どもが好きじゃない。 それなりに可愛いと思うこともあるけれど、闇雲に無条件に可愛いと思うことはない。 子どもは無知で無能でどうしようもない生き物だと決めつけているので、見ていて悲しくなるし、疎んじてしまう。 自分も子どもだったくせに。 さらに自分が子どもを持つという想像した時、侵食してくるであろうその存在に恐怖心を感じる。 でも、この本を読んでいて、そういうことが少し払拭されたかも。 子どもを身籠るということを手放しに素晴らしいことだとしていないところから始まり、ラストまで生命の誕生を大袈裟に過度に表現されていないのが私にはとても好ましかった。 大袈裟にされると疑い深い私は訝しいと感じるから。 “子どもできたらふつううれしいはずだろうとかなんで思うわけ?うれしくない人間だっているかもしれないじゃん。子どもできたらみんなおかあさんみたいになるんだって、母性本能がぼわっと出てくるんだって、そんなこと言うのやめて。そうじゃない人だっているかもしれないじゃん。そうじゃない人は、悪い人みたいじゃん”p021 “人は好きではない人とはいっしょにいられない、自分を好いてくれない人ともいっしょにいられない。”p101 “好きという気持ちがあるのならば、喧嘩をしたっていっしょにいるだろうと思ったし、好きという気持ちがなくなれば、かたく抱きしめあったって離れてしまうのだ。そう思うと、なんでもどうでもよくなった。”p101 “今まで、すべてに自信がなくて、失敗するたびくよくよ落ちこんで、前向きになったことなんかかつて一度あるかないかで、なんでもすぐ人のせいにして、怒り散らして、手に負えなくなると背中向けてしらんふりして、そうやって三十数年生きてきたんだもん、赤ん坊できた瞬間に、おだやかでたおやかでゆったりした寛容な女になるわけなんかないんだよ。なりたいけど、そんなの、仮面ライダーにしてくださいっていうくらい無理なんだもん。”p141 “「いや、今、すんげー鼻の穴、広がっててかっこよかった。」”p143 “「まあ、でも、いいところは、ひとつくらいはあるんじゃないか」”p143 p142〜p143にかけてのマキちゃんとさんちゃんの会話が特に好きでした。 読む前はどんなかなと思っていたけれど、とても印象に残る一冊でした。 ご飯茶碗より少し大きめのカフェオレボールくらいの器にちぎったレタスを入れて、生ハムを4枚、イタリアンドレッシングをかける。
残ってた赤ワインを飲みつつ、本を片手に食べる。 夢中で食べて、再び小さなキッチンに立つ。 二度食べた。 夜更けに猛然とレタスと生ハムのサラダを頬張る。 何やってんだろう、太るかな、でもサラダだし、塩分摂りすぎかな、とか考えてたら、クツクツと笑えてきて、どうせなら声を出して笑ってみよう、って思って、そうしてみたら、一人で笑ってることにおかしみが湧いてきて、また笑えた。 私はもともて寂しがり屋で怖がり。 地震が来るとどうしていいかわからないくらいあたふたするし、UFOをかなり真剣に怖れてたりする。 だから、一人暮らしをすることのネックはそういう面にあった。 けれど、地震もUFOの接近も感じないこんな夜更けには、一人でいることの気ままさ、気楽さを楽しめたりする。 ともすれば息苦しくも感ずることのあるこの小さな狭いワンルームも、いつもは焚かないお気に入りのお香を焚いて、好きな音楽を流して、本を読んでると、自分の流れだけで成り立っているこの空間が愛おしくて、充足感に包まれる。 足りないものはなにひとつないような気分になる。 自分とこの小さな空間にあるもの以外の存在は全て幻想だったんじゃないかという錯覚すら湧いてくる。 人は馴れてくる。 いろいろなことに馴れる。馴染めないことはあっても、馴れる。 すごいことだと思う。 明日の夜には何を思うのかな。 ★『めがね』@テアトルタイムズスクエア
職場の女の子とその妹、私と私の姉で観に行きました。 姉妹デートです。 メルシー体操にクスクス笑いを漏らしたり、 出てくる食事に溜息がでたり、 とても優しい流れの映画でした。 疲れたりしたときに気持ちをほぐしてくれそうなのでDVDが出たら欲しいくらいです。 音楽もよかったのでサントラも欲しいです。 目指せメルシー体操マスター。 マスターして、いつか青い海と青い空のもとでやるのが夢です。 鑑賞メンバーは近眼4人。 でも眼鏡仕様は一人でした。 メルシー体操を4人でやるときには今度こそめがねにしましょう。 そして、たそがれちゃいましょう。 ★『あなたの呼吸が止まるまで』/島本理生
主人公であり語り手である朔ちゃんは小学6年生、舞踏家のお父さんとの二人暮らし。 彼女の学校生活や家庭での暮らしぶりが描かれていきます。 クラスメイトの田島くんと共有した秘密や恋心、クラスメイトから反感の嵐を受けているけれど朔ちゃんを慕っている鹿山さんとの距離感などその年代ならではの感情や情緒が細やかに描かれてます。 またお父さんの影響で大人に囲まれて過ごすことが多い日常生活が描かれていく中で、朔ちゃんが育むこととなった情緒や性格などが浮き彫りにされていきます。 そして、一生忘れ去ることができない理不尽で屈辱的なできごとが朔ちゃんに襲い掛かります。 信頼していた大人の裏切り。 物語を書く人になることが夢である朔ちゃんは、一生忘れ去ることができないものへ彼女なりの復讐を決意します。 “私はあなたを逃がさない。絶対にあなたをゆるさない” 12歳の女の子の健気で勇敢な決意。 愉快な話ではないけれど意外なほどに引き込まれました。 ★『ショッキングピンク』/大道珠貴
短編6編収録。 大道珠貴さん…どんどん強烈になっていやしませんか。 彼女の描くものってエロという言葉で表現しきれない。 官能、変態というのも違う。 不道徳で怠惰で不潔で奔放で卑猥で、彼女特有のエロ。 読んでいると嫌悪感や罪悪感を持ちます。 通勤の車中で読んでたのですが、やめました。 もし、隣の席の人がちらっと読んだとしたら一瞬凍りつくかもしれませんし、それならまだよくて、自分の身を危険にさらすことになるかもしれませんから。 ★『あなたがここにいて欲しい』/中村航
久しぶりにちょっぴり心が震えた本でした。 「あなたがここにいて欲しい」、「男子五編」、「ハミングライフ」という3編が収められてます。 「あなたがここにいて欲しい」 吉田君というとっても素敵な男の子が主人公。 吉田君の小さい時からの友達でヤンキーだった又野君、同じ研究室で徐々に距離を縮め、彼女になる舞子さん、といったこれまたとても素敵な登場人物で紡ぎだされていく物語。 吉田君と舞子さんが桃太郎と金太郎の話をするシーンや吉田君がサザナミとスズナミについて思いを馳せるシーン、電車の中だったけれど、私の口元は緩んでた。 “大抵の思いや、大抵の言葉や、大抵の旋律は、忘れ去られてしまう。思いは言葉になる前に、言葉は伝わる前に、旋律は口ずさまれる前に消える。確かにあったものも、確かにあろうとしたものも、捉えどころなくとどめられたものも、継がれることも接がれることもなく、やがて等しく消えてしまう。”p.20” “感覚は模糊として、言葉で表せるものは随分限られる。つかまえたと思っても、いつのまにか消えてしまう。だからせめて願うのかもしれない。仮定法過去を用い、祈るような気持ちで願うのかもしれない”p.31 “他人に対して、世界に対して、感じよく振る舞う。そのことは正の連鎖しか生みださない。それは世界三大美徳の一つに入るくらい、尊いことだと思う。”p.40 “守れるものの総量は、とても限られている。”p.98 「男子五編」 小編〜中編〜高編〜大編〜浪編と一人の男の子の年代毎にぴったりなエピソードが語られていき、最後に今編に至る。 今編は世界三大美徳が書き出し。 『礼儀』『仲良し』 これは今までの中村航の小説の中で繰り返し語られてきたもの。 そして今回、三つ目として「あなたがここにいて欲しい」の中で、吉田君が「感じよく振る舞う」に思い至ってる。 けれど、今編の最後では「もうひとつを探し続けること。」ってなってた。 むむむ、なるほど。 世界三大美徳。 三つ目は自分自身で探り、見い出すってことか。 「ハミングライフ」 こちらは以前に読んだアンソロジー『LOVE or LIKE』に収められていたもので、映画化され、観に行ったもの。 なので、今回は割愛。 久方ぶりに小説を読んで満足した気がします。 ★『その向こう側』/野中柊
どうも終始しっくりこず。 なんだか、全体に漂う雰囲気が薄暗い。 父親の顔を知らない主人公鈴子は母親の結婚を機に家を出て、横浜の洋館に移り住む。 鈴子の母蓉子の結婚相手は長年恋人で鈴子も幼い頃から見知っている敏史さんという男性であり、鈴子がはじめて好きになった男のひと…。 その敏文さんは鈴子が住む横浜の洋館のオーナーである真希子さんと次第に親しい関係になり…。 真希子さんはといえば亡くなったかつての恋人のことが今なお忘れることがないという静かな情熱を湛えた人で、そのかつての恋人の妹奈央と同じ屋根の下で暮らし続けていて。 それに鈴子の親友である亜佐美は妊娠して未婚の母となる決意をしてみたり。 と、ドラマチックな要素満載。 あまりにもドラマチックな要素がありすぎて非現実的な感じが否めず、凡人としては共感という小説を読む上でのひとつの醍醐味が味わえませんでした。 じゃあ、ドラマチックな小説に私はまったく共感できないのかというとそうではないので、今回は私の肌とは合わなかったということなんでしょう。 |
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