|
日常生活でのできごとや思ったこと。
|
|
|
★『マザコン』/角田光代
「空を蹴る」 ゆきずりの女性と熱海へゆく、カラオケ好きの定職のない男。 ひとり暮らしだった母親は認知症の症状が出て入院。 空家状態の実家へ忍び込み、母親の部屋や物置部屋から金目の物を持ち出し、3時間のカラオケ代になるかならないかの金額。 「雨をわたる」 飛行機に乗った経験は北海道へ行った一度きり、しかも極度の潔癖症の母親がセカンドライフだと突然フィリピンに。 母を訪ねフィリピンの地へ降り立つ娘。 フィリピンでなくてもいっこうに構わない母親の生活振りに言いようのない苛立ちを募らせる。 「鳥を運ぶ」 母親の入院によって6羽の鳥を運ぶことになった娘、そしてその元夫。 “おれ、さっき思ったんだけど、夫婦初の共同作業をさせるなら、ケーキなんか切るんじゃなくて、鳥を運ばせるべきだな” 「パセリと温泉」 人というのは悪意でできていると信じていた母親が胃癌を患い入院。 仕事を休み、看病する娘。 定年した父親は何一つやらずできず、母親は胃癌を患った原因はそんな父親が毎日家にいることによるストレスだと憎々しげに語る。 手術後に妄想と現実が入り交った話をしだす母親。 車椅子に乗った母親と父親が談笑している姿を目にして…。 母親のせいにしなければ、今の自分を肯定できないことに気がつく。 「マザコン」 妻に浮気がばれた男。 妻に浮気の弁解をしているうちに、昔、母親に許されたいがためについた嘘を思い出す。 細部にわたり説明した嘘がだんだん嘘と思えなくなって、体験した本当だと思えてきて、卑怯な人間であるという気持ちが薄れていって…。 「ふたり暮らし」 隠すから暴かれる。 だから隠すことを一切しない、全てを母親に曝けるわたし。 母親を支配欲の塊だと反発し、早くから家を出て、自らの家族を作る妹。 でも、妹のものさしはとどのつまり母親にある。 「クライ、ベイビイ、クライ」 うまい話に乗せられて会社を辞め、成功するはずもない物書きになってしまった男。 妻にも見限られ、騙されていることを認めることもできず、不毛な執筆活動に励む。 何十年も声を聞いていなかった母親にかけた電話はまるでオレオレ詐欺。 「初恋ツアー」 夫の死後気力を失った義母を旅行に誘い、北海道へ行く嫁。 気力がなかった義母はなんとその旅行で初恋の人との再会を企てていた。 嫁と実の息子を前にべらべらと初恋の彼の話をする義母。 私は「ふたり暮らし」がとても印象的。 母親という存在に絡め取られ、共依存に陥っている感じ。 ぞっとする。 正直なところ、私は母親という存在にだいぶ囚われている。 その存在感に私はいつだって到底敵わないと思ってしまう。 母親の持つ存在感や思考から逃れたいと思う反面、そこから出ていくことにある種の恐怖心を抱いていたりもする。 私は、時として母親の持つ存在感や思考を免罪符としている一面がある。 私の抱く恐怖心の中に、その免罪符を失うことへの恐れがあることが否めない。 うだうだと自らを分析していて、いつも思う。 私は無責任なんだと、単に自分の責任になるのが嫌なんだと。 自分にとって不都合なことは誰かのせいにしたい。 要はそれだけなんだろう。 そして、母親ならばそれを甘んじて引き受けてくれるだろうと。 母親だからというただそれだけで。 いつまでもこんな風でいたら、私はいつかひどく手痛い思いをするような気がする。 |
|