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日常生活でのできごとや思ったこと。
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★『ラジ&ピース』/絲山秋子
高崎のローカルラジオのパーソナリティを務める野枝という女性を描いた表題作「ラジ&ピース」と、中野香奈という回文女子のことが語られる「うつくすま ふぐすま」という掌編の2作品が収められてます。 “彼女は自分の醜さに飽きるということがなかった。だが、それほど自分に固執するというのは、やはり一種の歪んだ自己愛なのではないだろうか。そう思うとまたぞっとした」p.7 強いコンプレックスからか歪んだ卑屈な精神の宿った人物である野枝ですが、ラジオブースにひとたび入れば水を得た魚のようになる。30歳を過ぎて恋愛経験は美丈夫という学生時代の恋人一人、でも、ラジオブースの中の野枝はリスナーにそんなことを感じさせることはない。 自分という人間はこうあるべきという決め付けのようものを感じさせる野枝ですが、美丈夫への想いや恐妻センター前橋さんや沢音と過ごす時間には決め付けからはみ出した一面が覗いている気がしました。 “オトコは体、オンナは脳味噌”p.149 「うつくすま ふぐすま」より この掌編、おかしみとだらしなさと爽快さの加減がまんべんなく、好みでした。 「うつくすま ふぐすま」って群馬訛なのか、福島訛なのか・・・。 淋しさと悲しみに襲われる、無性に。
単なる感傷的な気分に過ぎないと捉えることもできるのかもしれないけれど、とにかく落ち着かない気持ちになる。 淋しくて、悲しくて、たまらない気持になるんです。 スースーするんです。 埋めたくなるんです、スースーするところを。 これってホルモンのせいだと思うんです。 生理前に起こるんです、たいがい。 十代〜二十代前半あたりの時、生理前の変化といえば苛立ちくらいだったのに、ここ近年では愁訴感も加わり、それが強まっている気がする。 妊娠〜出産を経験したお友達からの話やその手のことが書かれた本なんかでは、ややもすると女性はホルモンに支配されていると触れられていたりするし。 こんな風に落ち込んでいる時、好きな人と手をつなげたらいいのに、それだけでどれだけ落ち着けるか…と思うのです。 ★『今日も飲み続けた私 プチ・アルコール依存症からの生還』/衿野未矢(講談社+α新書408-1A)
通勤電車の中、あるいは一人の部屋で缶ビールや焼酎を片手に(まさしくこの本の中に出てくるリビング・ドリンカー。リビングと言えない住環境であるのが悲しいかな…)読みました。 読む限り、私はきっと“プチ・アルコール依存症”であり、おそらくこのままの生活を続けていけば“プチ”ではなくなるみたいです。 さて、どうしたものか。 著者はある日、自分の飲み方はやばいのでは?と思わせるブラックアウトを経験し、プチ断酒の末、模索し、適正飲酒という道に。 ふーん…適正飲酒かぁ。うーむ。 アルコール耐性が強くなっているせいか怖いと思うようなブラックアウトの経験はここ最近ないですが、酒席で口論や喧嘩のよなもの、あるいは翌日に後悔するなんてことは正直ありますね、私。 そもそもの性格という点ももちろんあるけれど、飲酒が関わっていることは自明の理。 もともと私はなににせよ依存しやすい性質。 危険因子があろうことへの認識も実のところある。 なのに日々お酒を飲み続けています。 ここ一年、飲まなかった日がどれくらいあるのか…考えたくもない。 いつかクレイビングなどの行動に出てしまうかもしれないという想像さえも頭をかすめる。 飲酒の影響が顕著になってきた体型を目の当たりにしては焦るもののやめられない。 “やめられない”というのは意志、努力といったことではなく、認めるわけじゃないけれど、ある種の病だよな。 「久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(KAST)」というのでアルコール依存症のいかんを知ることができるようです。 知ってみるか? 自分自身を振り返りつつ読み、飲酒に対してなにかしら考える機会となった本書ですが、あれもこれも盛り込んであるせいか、いまいちまとまりや説得性に欠ける一冊でした。 |
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