|
日常生活でのできごとや思ったこと。
|
|
|
「ともだち」と言える人がわずかしかいない、わたし。
さっき、その限られた「ともだち」の一人から電話がかかってきました。 正直、携帯の相手の名を見た時から笑っていました。 この時間、この人・・・。 きっと酔っ払ってかけてきたんだろうな、と思って出たら、やっぱり酔っ払い。 彼女はきっと携帯の登録してある人の中でこの時間に電話をしても起きていそうで、尚且つ平気そうな人というのを、酔っ払いながらも考えたんだろうな。 おかしかったです。 そして、寂しいのだろうなと思いました。 わかります、その寂しさ。 久々にしゃべった彼女は、酔いも回っていて、電話越しの息遣いが人間を超越してました。 まるで家畜のよう。 なので、そのことを正直に「まるで家畜のよう」と伝えたら、盛大に笑っていました。 盛大に笑う声を聞いて、わたしは安心して、「寝なよ」と言えます。 人と飲んで騒いだりして帰宅した深夜にふいに襲ってくる「孤独」や「寂しさ」という魔物を退治するための相手がいること。 それは、わたしにとってもかけがえのない存在です。 幸いわたしは宵っ張り。 そのことを「ともだち」は知っているので、魔物退治策(電話をかけられる人)の候補の中ではわりと上位にいるのだと思います。 運転免許証の更新をすっかり忘れていました。
期限ギリギリで今日府中で更新してきました。 どうしてあそこで働く多く方々はああも無愛想であり、無作法なのか。 警視庁管轄でしたっけ? 無愛想というのは、まぁ構いませんよ、別に彼らはサービス業というわけでもないでしょうから。 ただ、無作法ということが許しがたい。 最初に向かった申請書を受け取る窓口でのこと。 住所変更ありますか、との問いに「ある」と答えたのに、何度も聞いてきやがる。 結局、ちゃんと人の話を聞いていないのはあなたでしょ!と言いたくなる。 耳が遠いのかもしれませんが、低脳さを惜しげもなく窓口業務で発することに恥らいの微塵も感じられない横柄な態度。 更に収入印紙を購入する窓口のおばさんも中の人とぐちゃぐちゃとしゃべりながら、こちらに向かってぞんざいに金額を言う。 中の人との会話なのか私になのか、どちらに向かって話をしているのか不明。 ムッとして無言でお金を出す。 お金を出したのになかなか印紙とお釣りをくれない。 罵りたくなるけれど、後ろに並んでいる人もいるのでやめておく。 この2ヵ所の窓口対応で随分と気分を害されました。 なんだって、運転免許の更新ごときで不愉快にさせられなければならないのでしょう。 運転はそこそこしているけれど、優良ドライバーのわたくし、講習は30分。 講習をしてくれたおじさんは、無愛想というわけでもなく、とても要領良くて、こちらもきちんと講習を聞いた。 帰り際に「ありがとうございました」とその教官?に声をかけたら、「お疲れ様でした」と言ってくれました。 どこの組織にも最低限のこと、常識的なことですらできない人っているもんだな、と思わぬ社会勉強をさせていただきました。 ともあれ、無事にゴールド免許更新です。 また無事故・無違反で次の更新を迎えたいと思います。 苺狩りの続談をしたいのですが…なんせPC故障中だしね。
というわけで、閑話休題。 鈍太郎、お熱。 私という女の子に夢中であり、お熱を上げていることに違いはないのですが、そのお熱ではありません。 顔を真っ赤にし、熱がある(みたい)。 今週、鈍太郎は鈍太郎でお仕事でご多忙、私は私で野暮用でご多忙と、お目にかかれずにいたのですが、久方ぶりに会える!(私にとっては久方ね)という時にこの有様。 鈍太郎、鈍太郎のわりに身体が繊細…。 今週は雨模様になったり、お天気もぐずぐずしてたし、お仕事先も遠方だったものね。 しょうがない。 早く、元気にならなないかなー。 数分後とかに…。 色々なことに夢中でリアルタイムでのUPをほとんどしなかった春分の日のおでかけ。
栃木までオトコ狩りに行きました。 ウソよ、イチゴ狩りよ。 ![]() 姉に教えてもらった"いちごの里”なるところへ参上しました。 数日前にちゃんと事前予約をしていたので狩れない心配はないと思えど、観光バスが何台も止まる駐車場を見た時、せっかちな私はちょっと気が逸りました。 受付を済ませ、数分待機してから、ズラッーっと並んだビニールハウスへと誘導されます。 30分、食べ放題。 スタートピストルも笛もなく、開始。 足場の悪いハウスの中を食い意地だけが取り柄のような私達は、あっちへ行きこっちへ行きと食べ続けました。 当たりのイチゴも外れのイチゴも楽しみのひとつ! 愉快な30分でした。 制限時間前にハウスから退出してゆく人達がいたことには吃驚。 続きはまた後日。 昨晩、グレープフルーツジュースをPCにこぼしました。
酔いも手伝っていたのか、たいしたことないでしょと高を括っていた私をよそに、泊まっていた三女は一生懸命に拭いてくれていました。 今日になって、キーボードの一部がまったく反応しないことに気がつきました。 あらまぁ。 ノート型だから厄介です。 ヒーターの前に置く(乾燥してみる)という荒療治的な試みをしてみましたが、状況変わらず。 修理行き決定でしょう。 というわけで、実家で使っていたノートPCを部屋に持って帰ってきました。 三女の反応は正しかったようです。 ★『どうせ、あちらへは手ぶらで行く「そうか、もう君はいないのか」日録』/城山三郎
城山三郎さんの手帳に記されていた日録がまとめられた一冊。 風は強いけれど、春を思わせる温かい今日(私は休日)、読みました。 本を読み終えた時、洗濯ばさみが外れてバタバタとはためいている布団カバーに気がついて、直しにベランダに出ました。 その時、深呼吸をしながら見た夕日は、ちょっと忘れないかもしれない。 (城山三郎さんが仕事場であるマンションのベランダで妻容子さんの遺影と共に花火を見るシーンが被ったりして…) 洗濯ばさみはとうの前に外れていたのだろうけど、そんなことちっとも気に留められないくらい息を詰めるようにして読んでいました。 『そうか、もう君はいないのか』(「私のベスト10冊 2008年」の内1冊)では、妻容子さんと共に過ごした夫婦としての愛しみの日々や妻への恋慕、またその最愛の人の死への喪失感をしみじみと感じさせられましたが、本作では、城山三郎さんという一作家の心情が更に一層色濃く表われていて、ダイレクトに響いてきました。 ホロホロ、ホロホロと涙が出てしまいます。 妻容子さんの不在がこんなにも城山三郎という名高き作家を揺さぶっていたことがたまらない気持ちにさせます。 そして、老いていく自らに対し、「鈍鈍楽」とことあるごとに言い聞かせるように手帳に書き記すこの城山三郎という人は、きっととても不器用な方だったのではないかなと思います。 最愛の妻を亡くした喪失感の日々、一人老いてゆくことの孤愁に苛まれながら、そして「鈍鈍楽」という信条を掲げているにも関わらず、個人情報保護法へ立ち向かうなどの気骨には、彼の体験に基づく精神を強く感じます。 戦争、言論の自由…そうした深く深く彼の中に根ざしたものがあるということに、気持ちが痺れます。 娘さんである井上紀子さんが書かれた『父でもなく、城山三郎でもなく』を読んだ時にも思ったのですが、自分の本棚で眠っている『指揮官たちの特攻 幸福は花びらのごとく』は、やはり読まなくては…と、ますます思いを募らせました。 私が今まで尊敬する人として挙げてきた人物は、漫画『Peanuts』の著者Charles Monroe Schulzのみでしたが、城山三郎も今後は挙げたいです。 でも、それにはもっと彼の残した作品を読まなくては、非礼。 私のことだから時間はかかるかもしれませんが、城山三郎という作家が残してくれた数々の作品を読んでみたいと思います。 「本を読む」ということだけに日々を費やすことを望んでいた城山三郎さんならば、時間をかけても許してくれるかもしれませんしね。 ★『大切なひと』/石井睦美
ミュージックビデオから生まれた物語なんだそうです。 どんなアーティストのミュージックビデオなのかわかりませんが、この小説では、耳の不自由な女の子と大学生でストリートミュージシャンの男の子との恋を描いてます。 歩君の一途な気持ちが、一途な想いが、一途な恋が至上最高のことであるような世界観には、ちょっと着いていけませんでした。 ちなみに、こういう身体的障害と恋愛というテーマが組み合わせられている作品を「狡いな」と私は思ってしまうふしがあります。 健常者同士の恋愛物語だとしたらなんてことないはずのものが、一方が障害を持っているということで一気に切なさを増す的なその図式になんとなく嫌悪感を感じてしまう。 障害者に対するある種の固定概念、先入観に付け入っているような気がするし、またそうした固定概念や先入観を更に助長しているような印象を私は持ってしまう。 この物語に関連した夢を見ました。 もうよく覚えていないのですが、起きた時に「この本を読んだからこんな夢をみたんだ」と思ったので、関連していたのだと思います。しかも、あまり良い夢ではなかった気がします。 ★『雉猫心中』/井上荒野
今作品、おおまかに言ってしまえばW不倫のお話。 不倫には「背徳という甘美」があると勝手なイメージを私は持っているのですが、この作品で描かれる不倫にはそういう感じはなく、胡散臭く猥雑で、不快で退屈な不倫でした。 井上荒野さんの小説における大きなテーマは人間の「ウソ」なんだそうです。 (by「あらたにす」書評インタビューより) 今作品は構成が女性語り・男性語りに分かれていたのですが、確かにどちらが語ることが実際なのか、むしろどちらとも実際なんてものは語ってはなくて、そもそも実際ということ自体が存在しなかったかのかもしれないとも思えます。 ★『女の庭』/鹿島田真希
今作品は、140回芥川賞の候補作品。 これまでも何度か芥川賞の候補になっている作家さんなので、その都度読んできたけれど、一向に馴染めず、苦手。 標題作『女の庭』は、“主婦”という括りの生活を凡庸に過ごすことに腐心してきたような主婦が、隣家に移り住んできた女の存在に興味を暴発させたような作品。 作中に“独身時代に、穏やかだと思って私を魅了した夫は、堕落した主婦を製造する装置だった”という一節があるのですが、それを読んでいて堕落させてくれるだけの甲斐性がある夫ならいいじゃないと私は思ってしまったのですよね…。 そもそも、家事やら井戸端会議やらいわゆる「家のこと」をやるのは堕落じゃないじゃーんって思うのよ。そういうの仕事よりも私は億劫かもしれない。 さて、途中まではなんとなくついていけていた今作品ですが、暴発した感じになってからは字を追うことに精一杯になり、読み終えた時には何が起こったのかよくわからないといった状態でした。 それにもましてわからなかったのが、併録されている『嫁入り前』。 母親にうんこを盗まれるって一体どういうことなんでしょうか。 この作家の世界観が一向に理解できない自分は、ひょっとすると読書をするに価しない程度の人間なのか?とか思えてきます。 ★『走れ、ビスコ』/中場利一
人に好きな作家はと尋ねられても、伏せているのだけれど・・・( ̄ー ̄)ニヤリッ わが心の作家! 久しぶりです。あー、面白かったよぉ。 こうやってビスコみたいに泣きながらも懸命に頑張って、しかも楽しんで仕事をしている人が成果を出して、評価を受けていくというのはとても健全で気持ちがいい。 尾藤さんの非人情的な言動は、ビスコの健全さを前には発揮されないしね。 なにはともあれ、中場利一の描く世界に、彼の描く人物に、私はいつも気持ちをほくりとさせられるのです。 ★『ベイビィ、ワンモアタイム』/南綾子
前作『ほしいあいたいすきいれて』で初めて知って、気になっていた作家さん。 (気になるよね?このタイトルは。) この前作、残念ながら私が利用している図書館では所蔵してなくて、読めず仕舞いのまま。 ところが、今作品は所蔵していて読むことができました。(買えばいいんだけどね…) 温子という主人公の病的に屈折した人間性、その質を持って築かれた歪んだ人間関係が痛々しい。 痛々しいなぁと思うけれど、憐憫には至らず、面白いと感じ読みすすめてゆける自分は、あざとくて悪趣味なのかもしれないと思う。 そして、そう思って、ヒヤッとした。 この作家さん、新潮社の「女による女のための『R-18』文学賞」の大賞を2005年に受賞しているですね。 1981年生まれかぁ…。 前作もやっぱり読んでみたいな。 ★『ぼくたちはきっとすごい大人になる』/有吉玉青
「イン ザ ベイスメント」「悪い友だち」「一心同体」「シュルッセル」「ママンの恋人」「ぼくたちはきっとすごい大人になる」の短編6編。 全体的にちょっと創り込み過ぎている感じがしないでもない。 特に「ママンの恋人」は、“ママン”とか“おじさま”とか“アム”とか…やりすぎかな。 子どもの感覚というのが失われてしまっているせいなのかもしれないけれど、私の子供時代とは別口の子ども、いわゆるイマドキの子という感じがして、共鳴とまでは至らず。 今時分にこの短編に出てくる年齢層の子たちならば共鳴できるのかもしれません。 ちなみに、この「ぼくたちはきっとすごい大人になる」というタイトルをとても好ましく思います。 きっとすごい大人になると思えるのは子ども役得みたいなものじゃないですか。 内容もなかなか良かったですし。 私たちに役得があるとするならば、「わたしたちはきっとすごい仏になる」とかですかね? 鬱陶しくてたまらなかった職探しも先日やっと終止符を打ちました。
今回の職探しで受けた会社等の数は、16箇所。 ちょうど半数の8箇所は、一次の書類選考で落とされました。 最終的に、採用通知を手にできたのは、3箇所。 3箇所のうち、1箇所は今まで勤めていた先。 今までの勤め先を再度受けることには抵抗がありました。 だって、落ちたら洒落にならないと思いません? 私の働き振りを知っている人達から「要らない=不採用」と判断された時には、今までの全てを否定されるようなものじゃないですか。5年間勤めてきたのによ?ってなるでしょ。 どこぞの初対面の人事担当者と数分の面接をして、落とされるのとはまた訳が違うと…。 落ちた時の打ちのめされぶりを想像すると怖くてねぇ。 自分でも面倒臭いなぁと思うけれど、プライドなんでしょうね。 だから、職探しを始めた時は、再度受けることはほとんど考えてなかったんですよね。 それが…いろいろなところを受けていくうちに怖いとか言っていられないと思い直しました。 それに不採用続きでしたから、数打っとかないという窮地に追い込まれてもいました。 あとは、「また受けなよ」と臆面もなく言ってくれた身近な人の後押しね。←これ大きい。 結果的に受けて、受かって、す〜ごくホッとしました。 最終的に選ぶことにしたのは、結局今まで勤めていたところ。 「現状維持」という選択を我ながらつまらないと思うけれど、私は小心者だし、環境をガラリと変える勇気も持ち合わせていませんでした。 他の2箇所には辞退届に直筆のお手紙を添えて、丁重にお断りを入れました。 (またいつか受ける日があるかも知れないですからね…) 今回、採用通知をいただいた3箇所は、いずれも現在と同様の職種。 自分ではよくやったと思います。 でも、職種を替えることの難しさを今回の職探しでは痛切に感じました。 先のことは今は特に考えたくないですが、今度職探しをする時にはもっともっと道は狭まっているのかと思うと今から滅入りそうになります。 応募期限に振り回され、苛々と履歴書を書いたり、不採用通知を見ては落ち込んで、悩んで、時には泣いて、ある時には悪夢を見て、楽しいはずのことも心から楽しめず、しんどいと思っていました。 こんなんじゃ禿げるのではないかと思ったりもしたけれど、平気でした。 美味しいものは美味しいと思って食べてたし。 まだまだ大丈夫なんだなぁと思います。 さて、悪戦苦闘の職探しを終え、今までの勤務先へと落ち着き先が決まり、ほっとしたのも束の間。 今日は、異動の発表でした。 再試験を受けて再び採用となった場合、異動はほぼ確実。 で、やっぱり異動です。 あそこになったら嫌だなぁ、でもあそこの可能性高いよなぁ、あそこになったら職探し続けるかもなぁ、と異動に関しては悲観的展望を抱いていたのですが、結果オーライ! 良かったぁ、喜ばしい。 前々からあそこだったらいいなぁと希望していたところになりました。 通勤はちょっと面倒になるし、ランチを楽しむには物足りない環境だけれど、そんなこといいです。 働く上で重要事項となってくる人間関係も以前一緒の職場で親しくしていた方も今回同じところへの異動となったので、ひとまず心強いです。 なにはともあれ、4月から新たな職場で気持ちも新たにそつない日々を送れたらいいなと思います。 末筆ながら… 職探しをする私に頑張ってねと応援してくれたり、頑張りなさいと励ましてくれたり、背中を押してくれたり、一緒に頑張った身近な方々、どうもありがとうございました。 これからも、よろしくね。 ★『森に眠る魚』/角田光代
瞳、容子、千花、かおり、繭子という5人の母親が育児を通してママ友となるものの、一緒に過ごすことで浮き彫りとなってゆく境遇や環境の違いが当初は羨望だったはずなのに妬みとなってゆき、また子どものお受験やもともとの性格などから次第に憎しみ合う仲になります。 人は人、私は私。 そのことを言い聞かせ、頭では理解しているはずなのに、上手くいかない。 人と比べるから不幸になる、それを改めて思い知らされます。 また、自分一人であれば人と比べないでいられるくらいの自信があっても、子どもがいるとまた違ってきてしまうものなのかもしれないと思ったら、子どもを持つということがちょっと怖くなりました。 実家のトイレに貼ってあるドロシー・ロー・ノルトの「子ども」という詩を思い出しました。 その中には「親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる」というの一節があります。いつか子どもを持つこともあるかもしれないから、今から心しておきたいなと思います。 魚は本当なら森ではなくて海にいるはずの生き物。 森に眠る魚にはなりたくないものです。 ★ポツドール『愛の渦』@THEATER/TOPS
ランチをしたお友達と3人で観ました。 第50回岸田戯曲賞受賞作で再演です。 前回を観ていない私にはラッキーな機会となりました。 久し振りの舞台鑑賞だったので会場に入ったら異常に興奮し、照明が落とされ音楽が徐々に大音量となっていった時には、武者震いさえしました。 この大音響ですが、観客をトランス状態に陥れるものなんじゃないかと私は密かに思っています。 お友達は辛いと言っていましたが。 お芝居の内容は…エロです。 乱交パーティーでの男女の人間模様を描いた作品。 それぞれが持ち寄った性欲をぶつけ合います。 乱交パーティーという特殊な状況下で誰がどう誰とセックスに至るかというエロ心の探り合いや牽制といったものが面白かったし、交わされる会話に笑いが堪えられないこともしばしば。 セックスしまくってました。 カーテンが開けられ朝日が差し込んだ時の何ともいえない倦怠感、虚無感をもって終わり。 2時間半という長い舞台でしたがまったく長さを感じることはありませんでした。 舞台を観た後、お友達とcafeへ。 メニューを開いて一同一致でまたビールを飲みました。 cafeでビールとなれるこのお友達2人をこよなく素敵で、好きだなぁと思います。 ![]() このあと、一人は可愛い我が子の待つ静岡へ帰ってゆき、もう一人のお友達とはウィンドウショッピングをして、またビールを求め飲み屋さんへと行きました。 帰宅後、鼻をかんだらティッシュに鼻血が! 誕生日のサプライズあり、舞台のエロあり、なにかと興奮した1日だったのかもしれません。 なだ万アプローズでのランチ。
お昼からビールをいただき、「和の宝石箱」というコース料理を堪能。 ![]() 食事を満喫し、さぁデザートという時のことです。 店内にピアノのbirthdaysongが流れ出し、あぁ誰か今日が誕生日なんだぁと思ってキョロキョロしていたら、なんと私のためでした! なんということでしょう!! ものすごいサプライズ。本当にびっくりした。 店員さんや他のお客さんなんかも拍手してくださって。 あまりの驚きに拍手をくれた人たちにお辞儀することすら忘れてました。 気配などにはわりと鋭い方だと私は思っていたけれど、認識を改めようかと。 思ってもいなかったことだったのでまずは驚きが隠せなかったですが、とびきり嬉しかったです。 しかも、お友達二人からプレゼントまでいただきました。 marimekkoのマグカップとうさぎ!どちらも一目でお気に入りになりました。 ![]() お二人とも本当にどうもありがとう。 ★『教育してます?』/内田春菊
『生活教育』という雑誌の連載がまとめられた1冊だとか。 読み始めて、そうだったそうだった、『ファザーファッカー』の著者なんだよねと思い出した。 そのことをすっかり失念していた。 教育らしい教育を感じることができなかったのですが、彼女の言動や考え、物事の捉え方自体が子どもへのある種教育なのかしらんと思いました。 作中に出てくる『ハラスメントは連鎖する』を読んでみたくなりました。 ![]() お誕生日パーティーを開催してくれました。 じゃーん。 見よ!玉手箱。 ![]() ![]() 1段目 左:毛ガニ 中:貝類(帆立、つぶ貝、ほっき貝) 右:たこ 2段目 左:サーモン 右:甘エビ 3段目 左:生うに 右:いくら 超豪華食材です。 私の好物である貝類は、貝のままの姿を見せたいというはからいあって、未調理。 全ての食材が「趣味は料理」とうそぶく彼の手によって、変身を遂げました。 ![]() ![]() つぶ貝の剥き方が記された指南メモには、死亡例はないものの毒をもった部分があるとありました。 調理者との信頼関係が試される一品とも言えます。おかげさまで無事です。 面倒な毛ガニは、丁寧にほぐし出してくれた身を主賓の私は食べるだけ。 たことサーモンはカルパッチョになっていたのですが、ソースまで手作り。ソースが美味しかったので作り方を聞いちゃいました。 もー、どれもこれも筆舌に尽くしがたい美味しさ。 毛ガニの殻や甘エビの頭だってお出汁にしてお味噌汁に。 お腹一杯だったけど、最後は超豪華海鮮丼もしっかりと食べました。 笑顔全開。 ![]() もちろん、お酒も ![]() ケーキもありました。 準備するの大変だっただろうな。 でも、きっとわくわくしながら準備してくれていたのだと思う。 逆の時、私もそうだもの。 こういうことって、わくわくした気持ちを一緒に味わえないからもどかしいけれど、その日を迎えた時の喜びはひとしお。 わくわくの後にやってくる喜びを共に分かち合えるのは最高です。 それぞれいろいろなことがあるけれど、こういう時を与えてくれて、また自分もこういう時を相手に与えたいと思えることは珠玉なことです。 食いしん坊の私にとって、この日の贅沢な晩餐がこの上ないものだったことに違いありません。 とはいえ、贅沢であるか否かよりも相手の気持ちというものを確かに私は享受しているのだという実感があること、またそう実感させてくれていることに喜びを感じます。 淡い色合いの花束は誕生日を過ぎた今でも楽しげに咲いています。 どうもありがとう。 おまけ ![]() 甲羅酒 |
|