|
日常生活でのできごとや思ったこと。
|
|
|
★『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』/夏石鈴子
先週のお休みの日にベッドに入って、この本ともう一冊『ハブテトルハブテロラン』という本と合わせて二冊を一気に読んだのですが、あんまり体勢を変えたりしなかったせいかこの日以来ずっと尾てい骨が痛み、もしや床ずれか!?とちょっとビビッています。 正しい姿勢で読むべきなんでしょうが、本を読むところといえば電車の中や喫茶店を除き、ほとんどベッドの中で寝転んで読みんでいます。 さて、本題。 にっぽんの奥さまたちは大変だけれど素敵だなと思える温かい視線で描かれたちょっとした連作短編集でした。 “奥さま”はもちろん未婚女性にとってもどこかホッと安心できて、哀惜さえも愛しみ、色んな自分を認めてあげることができるような感じのお話かな。 そして、男性がこの本を読む価値は女性以上にあると思います。 知ればいい、女性の心強さ、逞しさをね。 「お茶くみ奥さま」 “その人がやっている時の顔や様子を想像するの。…(略)そうすると、たちまちおかしくなるのよね” 「レジ打ち奥さま」 “やっぱり子どもには、当たりとハズレがある” “買った長ねぎを半分に切ってと言う人と、そのままで持って帰る人” “ママ、泣くな” 「長生き奥さま」 “荘一の目からいっぺんに涙がぶわっと盛り上がって、両方の目から流れ落ちた。それを見ただけでもわたしはこの人と結婚して、本当に良かったと思った” “わたしのあの二つのおっぱいは、荘一の記憶の中に預けてあるのだ。” 「安心奥さま」 “夢。この言葉を聞いたり、見たりすると、「何を余計なことを」と思う。” “人間にとって結局夢は身を滅ぼすこともある猛毒だと、わたしは思う。” 「加味逍遥散奥さま」 “この人たち、つまり夫や子どもというのは自分の都合のいいようにしか、わたしを見ていない” “わたしが言われてきたことは、いつも、「もっともっと」ということだけだ。…(略)どんなにやっても、まだまだ十分ではなくて、「もっともっと」と言われ続けてきた。いくらやっても全然足りない。わたしは永遠に求められて奪われて磨り減っていくだけだ。” 「天城越え奥さま」 “わたし自身の大きな欠陥は、自分の娘を全然かわいいと思えないということだ。” “五回目の曲が流れるのを聴きながら思う。わたしは、自分がしあわせになりたくて、ああしたのだ。あの時、ああするしか他に道はなかった。” 「にせもの奥さま」 “手は、体のどの部分よりも生々しく他者を求めている淋しがり屋の器官だと思う。” 「逆襲奥さま」 “わたしものすごいストレスになるのでお義母さんにお目にかかりません。無事子どもが生まれたら、ご連絡します。子どもが生まれても、お義母さんが、わたしに嫌なことをしたら、子どもを見せませんし抱かせませんから。” ![]() 日曜日は、お仕事を午後からお休みにして代々木公園のタイフードフェスティバル(今はタイフェスティバルに名称変更したらしい)に行ってきました。 これがまた混んでるんだわ。 混んでると私はすぐにイライラとしてくるのですが、隣には鷲や鷹並みに各店舗の食べ物に目を光らせ、飄々と歩く鈍太郎が。 姉をはじめその友人方々がシートを敷いて酒盛りをしているという情報を得ていた私は、飄々としている奴をよそに携帯で姉に連絡。無事に連絡がついて、便乗させてもらいました。 拠点があると楽ちんです。 腰を落ち着けた私は姉の友人やらそのファミリーの子どもたちとお喋りしたり遊んだりしながら、鈍太郎がせっせと買ってきてくれたタイ料理の数々を食べ、お酒を飲むのでした。 いろいろ食べておいてなんですが…実は私、タイ料理って食べる前まではすっごく食べたい感じがするのですが、食べるとやっぱり苦手な味がしたりして戸惑う食べ物なんですね。 私にとってタイ料理とは、いっつもそういう食べ物。 なのに、なぜか“タイ料理を食べたい気分”というのにはなるんですよね。 で、食べては、「あぁ、やっぱり苦手かも」と思うのです。 何度それを繰り返していることでしょう。 でも、ちょっと慣れてきたかも。今回はわりと美味しいかもねーなんて思いましたから。 それでもパクチーが口に入ると「わわわ」となるし、ナンプラーの香りにも「およよ」となる。 きっと懲りない私は再びタイ料理を食べたい気分になり、実際食べに行くのだと思います。 |
|