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日常生活でのできごとや思ったこと。
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この時間になると私の中にはいろいろなことが去来します。
実家で家族とごはんを食べて、気兼ねないダラッとした時間を過ごした後、一人住まいのテレビもないこの小さな部屋に帰ってくると、ひといきにいろいろ押し寄せてくる。 (中途半端な一人暮らしだけど、それなりに2年も経った今となってはホッとするところもあるんだけどね。) 漠然とした哀しみに襲われること度々。 何してるんだろう、何がしたかったんだろうって。 10代の頃の私は30代の自分がこんな風だなんて全く想像していなかったなー、とか。 10代に戻りたいとかそういうんじゃないです。 そんなこと小指の先ほどにも思ったりしません。 梅雨の晴れ間かな、という休日の今日。 お布団を干して、毛布やタオルケット、寝具のカバー類を全て洗濯して、新しいカバーに変えて、狭いお部屋の掃除機をかけたりして日中を過ごす。 何もしなかったという一日にならないようにと自分を奮い立たせて。 こんなこと奮い立たせることじゃないのだろうけど。 夜になって電話で、鈍太郎に今日一日何をして過ごしたのか細かく懸命に伝えてた。 懸命に伝えていることが洗濯であることが可笑しくて、その懸命さ自体に自分が悲しくなる。 好きな人をがっかりさせることを少しでも減らしたい、そう思ってのこと。 洗濯に限らず、少しでも休日には予定を入れようとしています。 なんだか虚しい。 なんでこんな必死にならなくちゃならないんだろう。 誰かを好きになるってこんなことなんでしょうか。 多少の興味があったとしても休日にあえて電車に乗って都心に出たくないから今までだったら行こうなんて思わなかった講演会の予定とか入れて、何なんだろう。 きっと行けば「有意義」なんでしょうね。そんなこと知ってます。 それでも、そんな「有意義」を私は望んでなかったんです。 そもそも休日が「有意義」でなければならないわけじゃないでしょう? 無為でもいいでしょ。 たとえ無為に過ごしたことを悔いて嘆いたりしても。 悔いたり嘆いたりしても、反省はそうそうしてないのよ。 単に悔いたり嘆いたりしたいだけ。 そうすることで、無為に過ごしたことを払拭してるんですよ。 払拭を正当化と言われたらそれまでですが。 あなたの望むような人になれたらいいなと思います。 あなたの望むことを苦に思わずにできたならば、もっといいです。 私はオメデタイのか、そういう自堕落な部分を含めすっかり私という人間を受け入れてくれているもんだと思ってました。 あなたががっかりしていたなんてちっとも思いもしなかった。 そんな自分にがっかりしました。 相手をがっかりさせていたこと、そして、申し訳ないけれど、そんなこと(あなたにとってはそんなことではなかったですが)にあなたががっかりしてしまう人だったということに。 あなたなら大丈夫と私は見くびっていたのでしょうね。 私は、怠け癖あり、自堕落な部分ありの人間です。 そして、そんな自分を正当化する人間でもあります。 でも、そういうことに私自身が誰よりも過剰な不安を抱いていることをあなたならわかってくれているかなと思ってました。 甘えていました。 甘えさせてくれるもんだと思ってました。 消耗戦をした日から何日も経っているし、その後もあなたとは互いに何もなかったような顔をして会っていますが、何もなかったことにできずに私はいます。 だから、こんなところで披露することになってしまいました。 卑怯ですか? でも、あなたも卑怯だと思います。 びっくりしたかな。 何食わぬ顔して会って、電話でも他愛のないこと話してますものね。 ごめんね。 ★『れんげ荘』/群ようこ
こういう生活に飛び込んでいける勇気、根性、財力など持ち合わせていないけれど、こういう生活への欲求というのはどこかにあるなー。 いろいろなものから逃れて、浮世にある「ねばならない」というものから離れて、見なくていいものを極力見ないで済む生活。 でも、何から何までを遮断して生きていくってすごく難しいんだろうな。 元来怠け癖のある私はしばしば猛烈に現実逃避欲求が湧く。 けれど、逃避するほどの勇気、根性、財力がない私は小賢しいちっぽけな逃避をして、なんとか折り合いをつけて生きてます。 小賢しいちっぽけな逃避のことを正当化するなと言われてますが。 |
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