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日常生活でのできごとや思ったこと。
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★『かあちゃん』/重松清
母子を描く作品は意外にもお初という重松清さん。 どういった感じなのかしらと期待を込めて読んでみました。 全体的に道徳的かつ模範的な感じを受けました。 また、この世に生を受け、生きている誰もが母親から産まれてきたということを随所随所で感じます。 物語は、夫が起こした事故によってその生涯のほとんどを償いに尽くしたある一人の母親と、自分が標的になることを恐れて親友をいじめ、自殺にまで追い込んでしまった男子中学生とが交差し、発展してゆきます。 この物語の中で描かれていることの一つには、被害者にとって加害者ができる償いとして犯してしまった過ちを忘れずにいるということがあるかと思います。 確かに人は自分がされたことはなかなか忘れないけれど、自分がしてしまったことはわりあい都合よく忘れてしまったりするものです。 ただ、忘れるということは一時は自責の念があったといえますが、そもそも自責の念を持つこともない、自分が何かしてしまったということにまったく気がつかないということも少なからずあります。 その点、この物語に登場する各々の人たちはそもそも悪いことをしたという自責の念がある。 それだけでも、被害者からしてみたら救いかもしれません。 誰もが自責の念に苛まれるというまっとうな人間性を持ち合わせているあたりが重松清さんな感じがしました。 もし仮に私に中学生の子どもがいて、その子どもがこの本を読んで何かしら感動を覚えたりしたならば、私はこの子はきっと大丈夫だと思える気がします。 ★『手』/山崎ナオコーラ
おじさん好きな女の子を描いた「手」、それからお伽噺のような「笑うお姫さま」、次元が突飛な掌編「わけもなく走りたくなる」、血の繋がっていない娘とその父親を描いた「お父さん大好き」の4作品が収録。 「手」は第140回の芥川賞候補作品です。 同世代の男性とおじさんとの関係を同時に持つ主人公寅井サワコ。 どちらの関係性にも恋愛感情というものとは違ったものを強く感じます。父親の愛情が妹の誕生によって広がることなく移行したことがそこに関係していると取れます。 いずれにせよ父性というものを意識させられ、個人的にはあまり言及したくないものがあります。 ★『非常識家族』/曽野綾子
最高学府やら世間、また世間に跋扈する常識的とされることへの揶揄に富んだ小説。 こういう小説を私はとても面白いと感じます。 語り手となる僕、そして彼の祖父、祖父母、父母、叔父さん叔母さん、度々登場する宙さん・・・みんなそれぞれがあらゆる知恵を持って暮らしています。 みんなそれぞれがある事柄について時には過激ともいえる考えを披露してくれていますが、とかくお祖父ちゃんは度々印象的なことを言います。 私は中でも“人は退屈さえすれば、たいていましになる”というのには好意を持ちました。 膨大な著書がある曽野綾子さん。 その内数作品しか読んでいないけれど、改めて私は彼女の作品が好きなんだろうと気付かされました。そして、色々な人の全集を読むということが私の老後への野望なのですが、曽野綾子さんの全集もそのひとつに加わりました。 御歳78歳、まだまだ現役で頑張って色々な作品を書いていただきたいです。 |
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