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日常生活でのできごとや思ったこと。
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★『ぼくの歌が君に届きますように 青春音楽小説アンソロジー』/天野純希・大島真寿美・風野潮・川島誠・小路幸也・丁田政二郎
「Peacemaker」/小路幸也 「ティーンエイジ・ライオット」/天野純希 「晴れた空に、ブラスが響く」/風野潮 「ド派手じゃなけりゃロックじゃない!」/丁田政二郎 「カモメたちの歌」/川島誠 「ピエタ」/大島真寿美 タイトルに魅かれて読みました。 だが、しかーし、サブタイトルに含まれる“青春”なるワードが盲点だった。 あと、※☆歳若かったらもっと入り込めたかもね。 でも、このロマンチックなタイトルに魅かれるくらいなのだから、我とて青春現役だわよ。 印象的だったのは、「ピエタ」。 アントニオ・ヴィヴァルディに関心を持ちました。 ★『となりのモテは蜜の味』/ばばかよ
とんとモテなくなった。 人生30年余、爆発的に、あるいは恒常的にモテたことなんてないけれど、ほんとご無沙汰。 まぁ、振り返ってみたところで一般受けする性質ではないからせん無いことですが。 でも、まぁ、このタイトルを見て、しぶとくもモテたいという魂胆がしたたかに息づいたのでしょうか…とりあえず、後学のためにも(ふふふ、何でも学ばねば!)と手にした本でございます。 えーと、一言で申しますと参考になりませぬ。 真剣に深刻にモテなるものを腐心していたとしたら、おちょくるのもいいかげんにせぇ!となるやもしれませぬ。 本書で結論づけられたモテ☆なるものの大半は、己をあれやこれやと極限状態に持っていかなくてはなれない。 確かに極めればものすっごいモテるかもしれませんが、もはやモテなくてもいいやとなるほど容赦ない感じです。 ハッ!私、別に誰からもモテたいわけじゃないわ! そうよ、そうよ、鈍太郎から大モテしたいんだった。 本なんか読む時間があるなら、髪の毛をとかしたり、お洒落をしなくちゃならんのだったわ。 会議のためにただ今移動中。
長袖一枚で寒くも暑くもないちょうど気持ちの良いお天気。 このまま会議を放り、公園とかで昼寝でもしていたい。 と思いつつも、きちんと上り電車のホームに立ちました。 先日から何度か名古屋嬢から電話がかかってきている。
出るとほとんど泣きべそ…というか泣いている…。 そして、今日も電話に出た時(二度とも)から奴は泣いていました。 慰め役を求められているはずの私ですが、彼女の涙の訴えを聞いていくうちに、お前もどうかしている!という半励まし&半罵りをのたまう。 だって、何をどう聞いても、彼女の心を今占めてしまっている輩の魅力がわからないんだもの! あたいがそいつを立ち直れないくらい罵倒し、打ちのめしてやりたいくらいです。 それにしても、男女ってわっかんないよねー。 彼女には誰よりももっと心を奪われていいはずの男がいるんですよ。 そんな彼女に、オススメしたい漫画があります。 『ママはテンパリスト』/東村 アキコ どうぞ、お読みあれ。 ★『ガミガミ女とスーダラ男』/椰月美智子
Webちくま(スーダラ男曰くWebちくび)で連載されていたものが本になったもの。 児童文学系作家さんのエッセイです。 彼女の描く小説からはかけ離れている過激な内容になっていて、オモシロかったぁ。 オモシロさにはスーダラ男の存在がかなり大きくありますね。 「メリーさんの羊」のメロディに乗せ ♪父ちゃんのそちん そちん そちん 父ちゃんのそちん かわいいな♪ と歌う男なんですよ、スーダラ男は。 この替え歌以外にもシモネタ満載な歌や言葉が彼の日常からは発せられます。 読んでいる分にはうけまくりですが、言葉を覚え始める幼児がいる家庭として教育的な不安は否めないです。 妻として母としてガミガミにならざるおえないわな。 全般的にくだらなさに笑う感じですが、ペペジ誕生のところでは涙腺が緩みました。 1週間以上、体調が一進一退を繰り返し、グズグズです。
基本的に体調がすこぶる良いという日なんて年に数回程度しかないですが、それにしてもだいぶ弱っている。 大病はしないけれど、偏頭痛や慢性胃炎などの持病がある身。 すっかり虚弱体質と言えますな。 今日は、先週から東京に滞在している清水に住むお友達とランチの約束をしていたのだけれど、胃痛や咳や鼻づまりなどの症状があったため、お断りしました(うつしたら嫌なので)。 お友達はもちろんだけれど、癒しパワー炸裂のご子息と会えなかったのは誠に残念です。 というわけで、本日は終始、寝てみたり本を読んだりしながらずっとお布団に入ってました。 しかも、「集中力を高めるマーチ」を聴きながら。 「テンポ116」というリズム(1分間に116拍の音も持つ)は、集中した状態に持ち込むことが可能なんだそうです。 日がな一日、マーチ王と呼ばれるジョン・フィリップ・スーザの曲はじめ、「ラディッキー行進曲」やら「星条旗よ永遠なれ」なんかを聴いて過ごしました。 でも、よく考えたら、体調不良の最中に何故に集中力なのか自分自身でも意味不明です。 あぁ、日中さんざん寝て休んでいたせいで、この時間になって眠気が…来ない。 ★『いじわるふきちゃん』/さとうさくら
性質の悪い小説。 喋ることができるのに喋らずにいるふきちゃんもだけれど、登場してくる人々みーんな性質が悪い。 これでもかーって感じのエピソードが次から次へとガシガシ。 いい子ちゃんばかりが出てくるような小説に面白みや正当性を見出し、感動するようなことがない私だけれど、ここまでくると悪意という毒が全身に回ってきそうです。 とはいえ、性質の悪い人々の中にたびたび自分の片鱗を見てしまったではないか! おぞましい。 なむなむ。 ★『西日の町』/湯本香樹実
“てこじい”や母である“さー”の存在、またその母が身籠りながらもこの世に生を受けずに眠ることとなってしまった“弟”、更に少年の記憶にはない父親の存在には「死」が、方やその対極にある「生」というものは少年の日常や成長、また赤貝などに投影されているように思えました。 不器用な愛が詰め込まれた小説ですが、一気に読み終えてしまって良かったと後から思いました。 少しずつ噛み締めて読んでいたら、家族がゆえに抱いてしまう煩わしい心情に溜飲を下げることができずにいたかもしれません。 ★『星間商事株式会社社史編纂室』/三浦しをん
社史編纂室勤務、妙齢の働く腐女子川田幸代。 そんな彼女が、時に星間商事の社史編纂にあたってぶち当たった「高度経済成長期の穴」の謎ときに同室配属の個性的な面々と共に取り組み、時に趣味であるコミケに情熱を捧げ、時に妙齢の独身女子の立場に思いを馳せます。 ユーモアの中にきちんとした真剣さがあり、そのバランスが絶妙だと思う。 痛快さになんともいえぬさわやかがあるし。 “自分の足が踏みしめる大地を、荒野に変えるか否かは、いつだって本人の意志にかかっている” “さびしくても、選んだものを後悔するのだけはやめようと思った。”p95 ★『オイアウエ漂流記』/荻原浩
プロペラ機が墜落、機長を除く10人と一匹が辿りついたのは無人の孤島。 水も火もない過酷な孤島での半年以上に及ぶ果敢な漂流生活を描きつつ、共同生活をしてゆく中で変わりゆく人の性も描き出している作品。 きっとラストはハッピーエンドなはずと思いながらも、どう進んで行くのだろうとハラハラしながら読み進みました。こういうハラハラ感を抱きながら小説を読むのは久しぶりで、楽しかったです。 やっぱりハッピーエンドだったしね。 「実は機長は生きていた」というオチを最後まで捨てきれずにいたのだけれど…。 “良識やモラルっていうのは、人の心に宿るものじゃないんだろう。きっと三食満ち足りた胃袋に宿るのだ。”p302 “四ヶ月間の漂流生活で賢司が知ったのは、人間は誰もが弱いってことだ。弱いから反目しながらも、身を寄せ合う。弱さを隠し合って、本当は多くはない強さを見せつけ合って、なんとか生きている。”p428 ![]() お昼休み… 「今晩、公園でウォーキングでもしないか」 と鈍太郎からお誘いのメールが。 今日会えると思っていなかったし、このところ沈んだ気分を引きずったまま毎日を過ごしているので嬉しくって、即OKと返信。 夜になり、自転車で待ち合わせの公園へ。 まずは暗がりの中、どんぐり拾いです。来月仕事で使うためのもの。 どんぐり拾いの後、自転車を駐輪場に置き、いざウォーキング。 ウォーキングという誘いをお散歩だと考えていた私が甘かった。 手を繋ぐために鈍太郎の手を取ろうとしたら、なんと「ウォーキングだよ!」と一声。 えー! というわけで、なにやら腕をフリフリしながら園内を歩きました。 正しいウォーキングという姿勢があるとしたならば、二人はかなり間違っていると思われる歩きぶりです。 調子に乗り、デューク更家的な歩き方(二人ともはたから見たらただの変な人だったと思う)をしてみたりしつつ30分ばかり園内を歩きました。 私は途中から衣擦れのせいか血行が良くなったのか体のあちこちが痒く、掻き毟りながら歩いていましたが、鈍太郎は気持ち良さそうでした。 歩いた後は、お腹を満たしに…。(※二人とも満足できない後悔の食事だったので割愛) その後、公園へ再び戻り、コンビニで買ったお酒を片手にお喋り。10時過ぎには互い家路に着きました。 公園にいた時、鈍太郎がトイレから戻ってくるまでの間、ぼんやりと今日のようなデートについて考えていました。 オーバー30の独身男女のデートととしてこういうのってどうなんだろう?と。 近所の公園でどんぐり拾って、ウォーキング。 私は、都心の雑踏が嫌いなわけではないけれど、都心でデートをする自分の姿ってあまり浮かばない。 トイレから帰ってきた鈍太郎に「週に一度週末に都心で待ち合わせて、予約しておいたレストランとかで食事するのと、今日みたいなデートを週のうち何度かするのとでは、どうなんだろう?」って思わず聞いていました。 そもそも私がデートについて考え始めたのには、ある一抹の危惧を感じたから。 それというのも、ほぼスッピンで、爪の手入れもせず、今日なんて寒さ対策優先のいでたちの私…これってどうーなの?ということです。 とはいえ、よくよく考えてみたんですが、たとえ週一の都心でのアダルティなデートだとしても私が継続的にバッチリとしていられるはずがなく、そもそもそいうものを望む人とのお付き合いを私自身が望んでいなく、できない。 でもでも、もしかして鈍太郎は週一のバッチリの方を望んでいたりするのかも!と不安がもたげてきたんですな。 ひとまず、今日のところは、鈍太郎の回答が私の思うところとそう大差がなかったので、安堵しました。 どこで何をしていても基本的に鈍太郎がいればそれでいいのですが、都心でデートしたりするよりは、今日のように草木の名前を鈍太郎が教えてくれたり、食事先の候補をお互い言い合いながら歩くようなデートが安心して、楽しくいられます。 ★『床屋さんへちょっと』/山本幸久
力んでもなければ緩みすぎてもなくて、力加減の良い小気味良い小説でした。 宍倉勲の生涯とその家族間のドタバタ劇が描かれます。 妻:睦子、娘:香、孫:勇、娘の夫:布田透。 仕事という点を通じた父と娘のドラマが色濃いですが、妻や孫、娘の夫、それに勲の亡き父親や母親も随所随所で重要な役割を果たしてます。 夫婦でテクノカットとか笑えるだろうなー。 「男ハ苦悩ニヨッテ太リマス」 「気持は殻の中に残している」 ![]() 今世紀最大に撃沈した店、「あぶさん」に再び行って参りました。 店主が鈍太郎と私のことを覚えてくれており、「相変わらず濃いねー」と鈍太郎に第一声をかけてきたと思ったら、私たち二人に向かって「結婚した?」と尋ねてきました。 「まだしてないよ!」と返すも、店主はこの日私を「奥さん」と呼び、ちょっといい気になったりしていた私です。 ![]() 今回は操法大会にお供してくれた秋田さんとなりちゃん、 ![]() 後からはかとぅも一緒です。 撃沈を恐れた鈍太郎と私は、メガ類はなりちゃんにおまかせ。 やはり、なりちゃんはやや撃沈した模様でした。 キャパシティーオーバーの店内は大賑わい。 私たちもワイワイガヤガヤと心の傷なんかの話をしたりしては酒をあおるのでした。 みんなそれぞれ色々と悩みや傷を抱えています。 悩みというのは時に人に相談したりしながら自分自身で糸口を見つけ、解決してゆく手立てがありますが、傷というのは、時間が治癒してくれるのをじっと耐えるしかないのかかなぁと思ったりします。どれくらいの時間がかかるか不安だけれど、治らない傷はないのだと信じて。 私はよく、大丈夫、きっと大丈夫って自己暗示をかけます。 大丈夫じゃないことってそうそうないものです。 かくいう私は最近めっきり情緒不安定です。 気持ちが小さくなっていて、いつにも増してすぐに怒ったり、泣いたり、笑ったりします。 そんな気持ちの浮き沈みを自分自身持て余し、どうしようもなくなっては、鈍太郎さんにぶつけるのですが、彼も持て余しているみたいです。 救世主のはずの彼に突き放されると絶望的な気持ちになります。 でも、きっと大丈夫。 深夜、一人きりの部屋で声高らかに歌います。
君の心へ続く 長い一本道は いつも僕を 勇気づけた とてもとてもけわしく 細い道だったけど 今 君を迎えにゆこう 自分の大きな 夢をおうことが 今までの僕の 仕事だったけど 君を幸せにする それこそが これからの僕の 生きるしるし 愛を知ったために 涙がはこばれて 君のひとみを こぼれた時 恋のよろこびは 愛のきびしさへの かけはしに すぎないと ただ風の中に たたずんで 君はやがて みつけていった ただ風に 涙をあずけて 君は女に なっていった 君の家へ続く あの道を 今 足もとにたしかめて 今日から 君はただの女 今日から 僕はただの男 「青春の影」ね。 うん、良い歌だ。 ★『学問』/山田詠美
久しぶりに手にした山田詠美です。 本作品は、私の中に熱いものを残した1冊でした。 美流間という土地を舞台に、心太、仁美、無量、千穂という4人が深く強い絆に結ばれつつ大人になってゆく物語。 着々と大人になってゆく彼らには、「生きていく」ということが存分に投影されています。 眠ること、食べること、性の目覚め、人は死ぬということ、愛についてなど。 更に、無量と後に結婚することとなる素子、また高見先生という人生の師と出会う心太にしてもその人格形成こ大きく横たわる存在として「本」があります。 そこに私は、激しく意を得たりという気持ちになりました。 「本」というものが人間形成にとって大きく、そして拠り所となることをこの物語は伝えてくれています。 「本」というものが生きるために必要な知識や知恵を授けてくれる存在だと常に思いつつもそのことを人に説けないもどかしさを常に持っている私には、すごい心強さを与えてくれました。 こういう本に出会えるから私は本を読むんです。 ちょっと大袈裟かもしれないけれど、「生きていくため」に知恵や知識の宝庫である本を手にするんです。 本は、心を丈夫にしてくれます。 ![]() 鈍太郎さん、集大成の日です。 今日この日までの彼の日々を思いかえし、正直「長かったなぁ」と思います。 これさえなければしないで済んだであろう喧嘩も多々あり…。 でも、それも今日までだ! と笹塚まで彼の勇姿を目に焼き付けに行って参りました。秋田さんとなりちゃんという心強い二人の同行者と一緒です。 彼がよく見えるポジションへと秋田さんが突き進んでくれたおかげで彼の勇姿をしかと見届けることができました。 秋田さんやなりちゃんが彼に声援を送ります。 「耐えろ!」「いいよー」って。 私も彼らがいたおかげで一緒になってエールを送れました。 この一時のために膨大な時間をかけ、日夜練習を繰り返ししてきたのかと感慨深く見つめていました。 出番を終え、私たちのもとに来てくれた時に見せた彼の表情には忘れられないものがありました。 「肩の荷が降りた」という言葉を聞いた時、あぁこの人は私なんかが推し量れないほどのプレッシャーを感じていたんだなぁと今更ですが思い知りました。 結果は、2位。 当事者たちがこの成績をどう捉えようとも私は大健闘だと讃えます。 同行してくれた秋田さん、なりちゃん、ありがとう。頼もしかったです。 そして、鈍太郎さん。 今日まで本当にお疲れさまでした。 時として私の無理解や非協力的な態度にそれでなくても大変なところを苦しめられたことと思います。 でも、私はそのことを謝るつもりはありませんし、もっと理解を示し、協力をしてあげるべきだったとも思っていません。 私は私なりにいろいろと我慢してきたもの! あと、脚の痛みなどはありましたが、大きな怪我をせず、無事に今日を終えることができたことにとにかく安心しました。 今日の君はいつにも増して格好よかった。 さぁ。二人で慰労会するぞー! ★『終の住処』/磯崎憲一郎
第141回芥川賞受賞作品。 禍々しい小説でした。 妻の不機嫌さも、男の不貞も、11年間口を利かぬ夫婦生活も、仕事の浮き沈みも、家を建てることも…ここで描かれているどれもが釈然としない。 描かれていることのどこかにこの小説の真意があるのかもしれないけれど、私は全くそれを汲み取ることはできず、脈絡のない単なる独りよがりな思い込みの激しい小説と感じました。 同時収録の「ペナント」などは、展開が唐突でますます理解不能でした。 先日10月3日、同級生の結婚式の二次会に顔を出しました。
その日仕事だった私は夜の二次会に備え、着替えのワンピースや靴などの一式を紙袋に入れ、出勤。 ところが! 通勤電車の網棚にその紙袋を置き忘れるという失態を朝からやっちまいました。 幸い終点の駅に無事届いてくれたので、事なきを得ましたが、仕事は遅刻…。 二次会は、あっという間でした。 今回の席は、花婿の同級生でお呼ばれしていただいたのですが、やはり主役は花嫁ですね。 花嫁さんって、どうしてあんなにオーラあるんですかね。 可愛かった。 幸せオーラ浴びたはずなのに、帰り道で鈍太郎と喧嘩。 プイッっとなった私は一度は鈍太郎を代官山の地に置き去りにして帰路についたのですが、電話をかけても繋がらないことが不安になって、再び代官山まで舞い戻って捜索…。 しかも、私のみならず代官山まで舞い戻ってくれた人が…。 申し訳なさと、有り難さで一杯になりました。 当の鈍太郎さんは、プイッとなった私を追いかけるつもりがあったようですが、どこでどう力尽きたのか私が発見した時には路上に座って寝ておりました。 見つかった時は、本当に安堵しました。 代官山で捜索に加わってくれたもう一人と共に3人で恵比寿でラーメン食べて、ネットCAFEへ行き、一眠りして翌朝になってそれぞれ帰路に。 鈍太郎とファミレスでモーニングを食べた帰り道、「昨夜はごめんね」と言えました。 素直に私が彼にごめんねが言えたのは、鈍太郎のことを心配してくれた私以外の存在が大きいかも。 鈍太郎のことを大好きで、彼をかけがえがない存在としているのは誰よりも私なはず。 とはいえ、私とは違う角度で彼を大切に?心配に思ってくれる人がいる。 そんな人たちに心配をかけないためにも、喧嘩なんかしてないで、もっともっと彼等が放って置きたくなるくらい、呆れるくらい鈍太郎と私は仲良くなります。 ★『鷺と雪』/北村薫
第141回直木賞受賞作品です。 今回直木賞ということで手に取りましたが、「ベッキーさん」が活躍するシリーズ第3弾であり、また最終章になるんだそうです。 昭和初期を背景に、華族・士族といった階級が存在していた時代を描いてます。 次々に浮上する事件の謎を令嬢英子と運転手のベッキーさんが解いていきます。 「不在の父」では、明治にあった実際の事件「男爵松平斉の失踪」なるものを発想の原点としていたり、他にも日本橋三越のライオンのジンクス、深山の鳥ブッポウソウが帝都で鳴き渡ったということ、お能で梅若万三郎が面をつけて『鷺』を舞ったことなど資料に残されている歴史的事実を基に発想豊かにフィクションとした作品です。 シリーズの第3弾である最終章から手に取ってしまったことがやや悔やまれます。 第1弾、第2弾もおいおい読まねば。 ★『夏が僕を抱く』/豊島ミホ
6編からなる短編集。 どれもキーとなるのは幼馴染の存在。 恋なのか、それとも馴れ合いからくる安心感をそれと錯覚しているのか。 6編ともそんな微妙な関係を描いてます。 幼馴染っていうのは、どのくらいの付き合いをもってして幼馴染になるんでしょう…。 大辞泉によれば「子供のころに親しくしていたこと。また、その人。 」とあります。 “子供の頃”と言える時代を過ごした土地から離れ、二度の転校をした私には幼馴染という存在は遠い記憶にあるのみで、今に至るまでお付き合いのある人はいません。 私が今大好きな鈍太郎には幼馴染がいます。 彼が幼馴染との思い出話をするのを聞くのはわりと好きです。 でも、私は嫉妬を覚えます。 彼がそういう存在を持っていること、また私が知らない鈍太郎の幼き日々を知っているその幼馴染の存在を。 幼馴染というのは、どんな努力をしようとも今から得られるものではありません。 鈍太郎が羨ましいです。それに鈍太郎の幼馴染も羨ましい。 私はどんなに頑張っても鈍太郎の幼馴染にはなれないもの。 でも、だから恋人になれるのかもね。 明日は早起きして、仕事の都合で小学校に行かねばなりません。
小学校の校庭とかじゃなく校舎なるものに入るのは、もしかしたら自分が小学生の時以来かも。 ウキウキできたらいいのだけれど、憂鬱でたまらない。 寝坊とかありえないので、寝ます。 あー、あー、あー。 |
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